カテゴリ:concrete hometown( 4 )

concrete hometown リバーサイド②

画像のup枚数を超えたので分けてます。前の記事の続きです。

昨年2010年は一応帰省はしたのですが、祖母の遺品整理などの用事で散歩に出る機会がなかったようでこの街は訪れていませんでした。
そして今年2011年。
訪れてみてまたびっくり。
街の入り口にバリケードが。
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しかしよくよく見ればそフェンスの横に人が通り抜けられるだけの隙間があります。
しかもその向こうではおっちゃんが犬連れて散歩していたりと、のどかな光景が繰り広げられています。
あーびっくりしたー;補償問題が決裂して強行封鎖でもされたのかとか、思わず想像してしまいましたよ。

もう一方の国道176号線からの街の入り口の方は道がきれいに整備されていました。
176号線の下には地元では結構有名なハイキングコースになっている国鉄時代の廃線があるので降りてくるハイカーが結構います。
その様子がまるで廃墟に天からの使いが降りてくるといった、まるで聖書の一節の様な光景を思い起こさせます。
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もう数年立っていることもあり、更地は植物が覆い始めていました。
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世界が滅びた後はこうやって再生していくものなのかもしれません。
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by weekend_u | 2011-06-12 10:09 | concrete hometown

concrete hometown リバーサイド①

西宮市塩瀬町木之元。40年位前に新興住宅地として拓かれた集落で武庫川に面していることから通称リバーサイド住宅と呼ばれていた地区です。
Yuuの実家のある街の隣町で同じ公立中学校区の街でもあり、ちょっと上がったところにある歯医者さんや西宮名塩駅前の市役所支所まで歩いて行く道筋で子供の頃からなじみのあった地区でもありました。

Yuuが異変に気付いたのは2007年の夏のこと。
少し上がったところにあるお寺まで散歩に行こうと通りかかって街ごと更地になっているのを見て度肝を抜かれたのでした。
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土地の入り口や残った家の周りにはフェンスが。
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こ、これは一体、、、?

後で聞いたところによると2004年10月の台風23号で町全体が床上浸水し、死者こそ出なかったものの以前も床上浸水した地域ということで、全戸移転ということになったのだそうです。
そのときまで気付かなかったのは年に数回しか帰らない日々を過ごしていたのとその台風で実家の街から西宮名塩方面につながる橋(水道橋で歩行者のみ通行が黙認されている。正規の道は176号線をたどっていくため、歩くのは相当危ない)が流されてしまい、徒歩で通過することがめっきりなくなっていたから。
それにしても、いや、びっくりしました。
戦争や地震以外で、町が一つなくなるのを目の当たりにしてしまったんだから。
そして、今は離れているとはいえ同じ街の住人で写真をやっているものとしては、これは記録しておかずにはいられないものでした。
というわけで、帰省のたびにYuuのこの街の記録が始まったのでした。
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初めて撮影した2007年。
補償問題が残っているのか何軒か家がかたまっている区画がありました。でもその隣にもユンボやショベルカーが待機している状態でした。
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2008年~2009年
家の数が目に見えて減っています。
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区画でたった一軒の残っている家。背後の住宅地は隣町のYuuの実家のある街です。
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2007年にはかたまって残っていた区画も手前の家はもう取り壊されてしまいました。
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上の写真を4枚前の写真と見比べてみると手前の家がなくなっているのがわかります。更地の間に通る道路に残るマンホールとごみ出し用ネットがわずかな人の気配をかんじさせます。
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更地に残る瓦礫。
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残されたブロックや鉄骨が以前は建物が建っていた土地だと言う名残をとどめています。
ちなみに、写真のいくつかに写っている巨大な橋脚は中国縦貫道です。高速道路の高い高架のすぐ足もとに家が並び、町ができているというシチュエーションもなかなか珍しい光景だったのですが、それを目の当たりにすることももうできません。
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by weekend_u | 2011-06-12 09:53 | concrete hometown

concrete hometown 2011年5月1日 西宮市青葉台

毎年GWに一人で一泊ほど帰省する実家。勿論その度に写真を何枚か撮って帰っています。
実家から六甲山地を望む。
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一番手前の山はYuuが子供の頃はきれいな台形をしていたのですが採石場の採掘のため、上の1/3くらいが削れてしまっています。
徐々に削ってるので土地を離れるまでは気付かなかったのですが、たまに帰ってみると思い出の中の山から形がだいぶ変わっていてびっくりします。

街に点在する公園の一つ。
今年は春が寒かったのと少し早い日程だったこともあり、八重桜の散り際が撮れました。
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去年はつつじが満開でした。
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画面に同じブランコが写ってますね。
このシリーズは離れてわかる住み慣れたところの違和感の表現のほか、街の変化も記録しようと撮っているはずなのですが毎回撮るたびアングルが変わってしまっていまいち変化が証明できないのが残念なところです。
今後の撮影はそこが課題かな、うん。
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by weekend_u | 2011-06-11 11:12 | concrete hometown

conrete hometown 西宮市青葉台

連休後半は実家に帰らせていただきました。
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いえ、さっそく犬も食わないやつをやらかしたわけじゃないんですよ(笑)。
かんぽの名義変更と祖母が遺してくれてた農協の口座を閉めにいくという諸手続きのためですから悪しからず。

Yuuの実家は西宮市北部、大阪や神戸のベッドタウンとして拓けてきたところです。
山あいに現代的な家がならび、青葉台だの花の峰だの凝った名前がつけられた集落が点在しています。
山の日当たりのよい比較的なだらかなところだけ開発するため街の中は坂とヘアピンカーブとコンクリートの石垣だらけ、さらに集落と集落のあいだは険しい山や川で区切られてしまっており、それほど田舎でもないのに下手すりゃ災害時は交通が寸断されるというなかなかデンジャラスな街だったりします。
就職で別の地域にすんでみて改めて街の特性が見えてきた気がして数年前から帰省のたびに名所も名物もないこの街を撮り続けています。
今回の帰省では武庫川端の菜の花や中国縦貫道(高速のトンネルの上に街があるのです)のつつじが花盛りでなにもない街も少し華やかな感じでした。
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この街の撮影はライフワークとして続けていきたいと思ってます。
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by weekend_u | 2010-05-11 23:55 | concrete hometown